少し前の話ですが、ショック…というよりちょっと驚いたことがあったので、ここにまとめてみたいなあと思います。
お世話になっている、とある漆作家の先生とお話する機会がありました。この方は、漆芸家には珍しく日本産漆の関心が高い方で(漆をされている人なら誰でも日本産漆を使いたいと思っているわけではないのです)私たちの活動にも理解のある方なのですが…。
しばらく世間話をしていて、使っている漆の話になった時、その方が何げなく
「君のところでも、中塗りくらいは中国産漆を使っているんだろう?」とおっしゃったのです。ええ?

と一瞬耳を疑いましたが
(先生、ごめんなさい…)「なにおっしゃるんですか〜、うちは木地固めから上塗りまで日本産漆だけしか使ってませんよ」と即座にお答えしたら「そうか」と言って下さいました。
たったこれだけの出来ごとで、そうたいした話ではないのですが…。

松本と私は、ちょっと「う〜ん」と考えさせられました。
漆の木を育てて漆かきもし、そして日本各地の最高だと思う漆を使って日本産漆のみで仕事をしている、ということを掲げて工房を立ち上げ、その通りのことをなんとか続けているのですが、こういったコンセプトを一般の方は「こういった時代だものねえ」「かぶれそうだけど面白いじゃない」とか、わりとすんなり理解して下さいます。
しかし…どうも同じ漆をされる方には、そうはいかない話みたいです。
その先生も決して知り合ったばかりの方というわけではなく、10年とは言わないくらいのお付合いがないわけでもないのですが、やっぱり
「最初から最後まで、オール日本産漆でものをつくっている」…ということは、いろんな意味でどうも常識を超えていることらしいのです。
って「らしいのです」と書きましたが、私ももとはその世界で勉強させていただいた身。「常識を超えている」っていうことの感覚を何となく思い出すことができます。(いい材料いい道具に比較的恵まれた塗師の家でいた松本には全然分からないみたいですが)
まずは
「価格的にありえないだろう」ということ。
作業工程がたくさんある漆芸作品は、制作に手間ひまかかってそれだけでも大変です。そして、がんばっても飛ぶように売れるものでもないのです。そんな中、流通価格が中国産漆の数倍から十倍はする日本産漆は、個人の作家さんなら上塗り用に1キロ買うだけでもけっこう勇気がいるものです。
そして
「日本産漆だけではものが作れないだろう」ということ。
漆を使う作業は、デリケートなものです。
ひと仕事したものが、なかなか乾かない、ということは次の仕事に移れず大変難儀してしまいます。
また「以前塗り上がったものと全然塗りの雰囲気が違ってしまう」というのも困りものです。
でも、これは、工房で使っている思いっきりの「山出し」の日本漆では当たり前のこと。
しかも扱いの勝手が、ふつうの漆とはかなり違うと思います。
なのでどうしても高価すぎない漆、扱いやすい漆、確実に早く乾く漆、ということで、漆屋さんの用途別に調合した漆から完全に離れて仕事をする…ということはリスクが高すぎで、ふつうの感覚では「そこまでしなくても」と、非現実的なことなのかもしれません。
そういえば、私たちが国産漆だけで仕事をしている、ということを信じていなかった方が他にもいらっしゃいました。
とある長らく親しくさせていただいている漆かきさんなのですが(私も研究生時代には、漆かきや漆の木を見せてもらってとても勉強させていただき、工房を作った時も応援の言葉を下さった)先日、久しぶりにお会いして世間話をしている時に
「そう言えば、あんたのところは、どのくらい中国産使っているのかな?」と当たり前のようにおっしゃったのでした。
これには、私もがっくり…。
ずっとお付合いしていて、いろんな話をして、もちろん私たちがどんな気持ちでこの仕事をしているかご存知のはずなのに…。
本当に体の力が抜けてしまいました。
誤解しないでいただきたいのですが、先生や漆かきさんのことを私たちが「ひどい〜!」と思っているわけでないことをご理解くださいませ…。
(お世話になっている大事な方なのです)逆に「さすがに少しは日本産じゃない漆を使っているんだろう」と思っていらしたことを、正直に言ってくださってありがたいことでした。
その先生や漆かきさんの何げない言葉のおかげで、忘れかけていた漆にたいする先入観をふっと思い出し、
「日本産漆を使うことって、今の日本では異常なんだ…」と身近なことで気づかされたのでした。
日本産漆の窮困は、こうしたことも一つの要因かもしれません。
…となんだか湿っぽくなりましたが

そんなことも考えつつ日本産漆の現状打破に、微力ではあるけれど地道にがんばっていこうと思います。