
『熟すれば漆の実は枝先で成長し、いよいよ稔れば木木の実が触れ合って枝頭でからからと音を立てるだろう、そして秋の山野はその音で満たされるだろう』
これは、貧窮する江戸時代中期の米沢藩、その若き藩主(上杉鷹山)と執政たちの人間ドラマ。
人に例えるなら「瀕死の重病人」にひとしいこの貧しい藩に、豊かさを、少しでも人びとにまともな暮らしを、飢えない日々を、と苦心する青年藩主は、起死回生の策を打ち出します。
「漆木百万本、桑木百万本、楮百万本を植栽する」
十五万石の貧しい藩を、実高三十万石に……。
文字通り、命を削るごとくの財政立て直しに、一縷の望みをかける人びとにとって『漆の実のみのる国』とは、わが愛する郷土が息を吹き返し、しあわせな生活がおとずれる象徴でもあったのです。
(作中では、樹液よりも実から採れる「木鑞」を主に当てにして計画が始まります)
その起死回生の計画の末路は…。

本作は、著者の藤沢周平さんが病床で綴った最後の作品で「遺書」とも言える作品だそうです。
いま、私たちは「漆を育てて漆の樹液でものづくりをする」ことで生活をするという、たいへんありがたい仕事をさせていただいていますが…。ふと油断すると、自分たちだけで漆を守り、自分たちだけが漆を理解しているという、不遜な錯覚に陥りそうになってしまいます。
先人たちが苦しみ、励み、苦境に負けず地道な営みを続けていた、その「残滓」が私たちの手元に残されている…。
そう考えると、うまく表現できないのですが、私は先人の累々たる死体を踏みしめて生きているのだなという、なんとも不思議な、そしてうまく表現できないような畏れの気持ちが、鈍化した体の内側から、わき上がってくるようです。
多くの方に手にとっていただきたい一冊です。