漆かきの時期は、初夏〜秋(地方や流儀によって微妙に時期は異なる)ですが、おおまかに分けて、初夏の漆を「初漆(はつうるし)」真夏の漆を「盛漆(さかりうるし)」秋の漆を「遅漆(おそうるし)」と言います。(呼び名は地域でやや異なります)
この木の幹から採取する、最後の漆が「裏目」と呼ばれ、辺漆(初辺・盛辺・末辺)とは区別されています。
読んで字のごとく、今まで傷を入れていない幹の裏側に幹を一周する傷をつけて採る漆のこと。辺漆を採り終わったあとに採取する漆です。メインの辺漆さえ需要の落ちたこのご時世、この「裏目漆」を掻く漆かきさんはほとんどいなくなりました。

裏目うるし採取の様子。(木の下方)

はしごをかけて届く所まで傷をつける。

はしごの上をよじ登り、
さらに上方に傷をつけて裏目うるしを採る。
※写真3点とも/岩手県浄法寺町、大森俊三氏、10月末撮影。
さらに上方に傷をつけて裏目うるしを採る。
※写真3点とも/岩手県浄法寺町、大森俊三氏、10月末撮影。
「裏目漆」は、木を切り倒す前にまだ幹の中に残っている漆樹液を採ったもの。漆がたいへん貴重だった時代、資源をむだなく使おうという視点からとられていた漆です。
品質は辺漆よりは落ちますが、下地や仕掛けなどの裏方で活躍する漆なのです。(非常に肉持ちがよくて縮みにくい漆です)
とはいうものの、工房でいま使っている「裏目漆」はなかなかのもの。以前紹介したほかの漆同様、成分分析をしていますが、データでみると高品質とされる辺漆と比べて、そんなに大差ないのです。
=== 分析結果 ===
裏目漆(生うるしの状態)
ウルシオール 69,38%
水分 21,70%
ゴム質 7,48%
含窒素 1,44%
=================
前回紹介した、いちばん充実している盛漆がウルシオール約80%。こうしてみると裏方的な「裏目漆」ですが、10%くらいしか違いはありません。
驚くのは水分が21%しかないこと。(半分近く“水”なのが、ごく一般的な裏目漆だったりします)
でも、こんなにいい状態の「裏目うるし」なのは、きちんとした生産計画のもとに高度な技術で、半年の期間をかけて“木をつくった”結果です。
よく誤解されるのですが、残念ながら「日本産の木でありさえすればどんな採り方をしても高品質のうるしが採れる」ということではないのです。
この“木をつくる”技術、個々の木を見つつたいへんな緻密さで計画を立て、最初の傷つけから最後まで「こんな状態の漆を出したい」という信念のもとから培われたもの。漆をみれば、漆を採った人のレベル、いわゆる至高の高さが分かります。
門前の小僧…じゃないけど、10年近くいろいろな漆を見てきて、この私さえも見て、ある程度は漆の品質を感じとるようになりました。(あくまでもある程度、ですが (^^;)
色や透明度、粘りや香りが違う、といったものもそうですが、やはりなんと言うか「品」が違うのです。
「貪欲に最高の品質のものを目指す」という日本的な感性、今の時代もっと大事にしてほしいなあ…と思います。
(ホントにいま使っている裏目漆、裏方さんにするのはもったいないような漆です)

これがなくなってしまったら、ただの「日本という国にすむ人」になってしまうような… (> <)
2004年に出版された漆芸の本に中国各地の成分表が記載されていました。採取した時期は記載されていませんでしたが、峡西省の漆がウルシオールが多いようです。
ウルシオール77.27%
水分 15.05%
ゴム質 4.91%
含窒素 1.70%
私も成分分析をしたいと思うのですが、成分分析は専門の機械を使用するのですか。
いろいろな制作状況をご紹介して下さい。
貴重なお話、ありがとうございます。
成分分析に関しては、第三者の機関に依頼しています。
(油等、異物の入っていない状態の荒味うるしを持ち込んで分析してもらっています)
分析に関しての現場の詳細は、ちょっと分かりかねます… スミマセン。(_ _;)
それにしても、すごい内容の中国産うるしですね!
精製うるしがないとは、いったいどんな状況なのでしょうか。
教えてもらえるとうれしいです! ^^
和うるし日記、楽しく拝見させて頂いております。
今回、分析についてのコメントがありましたが比較的簡便な分析であれば経験したことがありますので、参考までにご紹介致します。
●使用器具
電子天秤(最小0.0001g)
純水装置(分析用で使用する水を作る)
ホットプレート(150℃程の加温の為)
ブフナー漏斗(吸引濾過用)
ブフナービン(吸引濾過用)
※分析に使用するサンプル漆は、必ず漆桶全体を良く攪拌してから採取する。
漆は吉野紙などでこしてゴミを取り除く。
1.水分の測定
1g程の生漆を重量測定。アルミ箔にのせ、ホットプレートで加温。重量変化が止まるまで加熱する。
→減量分が漆に含まれる水分。
2.ウルシオールの測定
2g程の生漆をビーカー等に採取し重量測定、エタノールで希釈。軽く攪拌する。
その溶液を吸引ろ過して、ろ紙に残った物の重量を測定。
→ろ紙に残った成分はゴム質と含窒素物の混合物。よって、重量が減った分が水分とウルシオール分。先に算出した水分を差し引きウルシオール成分とする。
3.ゴム質の測定
先のろ紙を十分乾燥して、重量測定。その後吸引ろ過しながらろ紙を熱湯洗浄。
十分洗浄した後、乾燥して重量を計る。
→ゴム質と含窒素分のうち、熱湯に溶けるのが
ゴム質。残るのが含窒素物。
この測定方法は、あくまでも添加物などが無い事が前提です。
油分が混入していればウルシオール成分が、
ゴミが混入していれば含窒素物の成分が高く出てしまう事になります。
とりあえず参考までに、簡単にご紹介致します。
分析方法ありがとうございます。
北京で数軒、生漆を販売しています。拭き漆に使う古典家具屋の購入が多いようです。私はバケツ持参で買いに行きます。濾してあるのですが小さな塵は混じっています。
精製漆は福建省の漆屋さんから購入しています。少量では販売しないので1年以上分を購入しなければなりません。色漆もありますが1年以上経っても乾きます。また水飴のように硬く溶剤を多く入れないと刷毛塗りはできませんので問題です。下塗りとして箆を使っています。今年のは柔らかめですがまだだめです。何か化学成分を入れているのでは無いか、という気がします。
日本で多分多く輸入されている城口や西安から購入しましたが、精製が不十分で朱合いとしては使えません。城口の漆屋さんの能書きは良かったのですが残念です。中国でも漆の工芸品は制作しているのですが、どのように制作しているか見学したいと思っています。頭髪の刷毛は漆屋さんで売っているのですが、ペンキ用の刷毛よりお粗末で使えません。
半世紀以前から中国の漆工芸は衰退してしまったようです。ただいくつかの美術大学に漆工芸科がありますので、中国7,000年の漆文化を引き継いで発展してもらいたいものです。
くわしいお話をありがとうございました。(^▽^)
分析の様子がちょびっと分かりました。
機会があったら、一度みてみたいな…!!
また、いろいろ教えて下さい。お待ちしてます!
北京での作品制作、いろいろ御苦労があるようですね…。中国での漆事情、こちらでは情報がとっても少ないので私もとても勉強になります。
松本和明が立ち会ったことのある、中国産漆の精製現場(東京・岩手)では、とてもいい品質の漆ばかりだったそうです。…もしかして、使いやすい漆は日本が買い占めているのかな…。
漆が固くて何か入っているのかも…??という思いは(あ、この手の話はホントはタブーなのですが)日本にいる私にも、香川県漆芸研究所の研究生時代にありました。当時は、漆問屋さんの中国産の生うるし、精製漆を使ってましたから。
精製漆はホントに水飴みたいな漆で、黒呂漆ともなればまるでコールタールのような感じでした。溶剤なしでは手が付けられなかったなあ…。
漆問屋さんにお願いすれば、もっと使いやすい漆が来たのかもしれませんが。(^_^:) でも、基本的には表書きを信じるしかないですよね。
実際、木から出てくる樹液はまったく違うものでした。これは日本産・中国産という木の違いは関係ないような気がします。
それにしても、中国での作品制作の環境はけっこう厳しそうですね…
材料・道具が不満足では、表現にうんと影響してくると思います。
もしよろしかったら、ほかに感じてらっしゃることを教えて下さい。お待ちしています(^^)/
ペンキ用の刷毛よりも粗雑な漆刷毛とは、厳しい状況ですね。
色々大変だと思いますが、今後も中国漆工芸発展の為に頑張ってください。
話は変わりますが、私の友人が上海で働いております。いずれ遊びに行きたいと考えておりますが、上海またはその近場で漆に関する見所などはありますか?もしもご存知であればご紹介頂けるとありがたく思います。
上海工芸美術研究所
上海市徐氾区汾陽路79号
電話:021-6437-3454
見学したことはありませんが、同住所に2001年に上海工芸美術博物館が開館しました。
地図のURL
http://map.baidu.com/#sid=BARAYOSBYMXEFMZ&bs=021&ct=40&word=%C9%CF%BA%A3%B9%A4%D2%D5%C3%C0%CA%F5%D1%D0%BE%BF%CB%F9&fr=10
古典家具店に昔の漆の工芸品があることがあります。修復した物に天然漆はほとんど使用されていません。友人にネットで店を検索してもらえば出てきます。
骨董品市場に漆の工芸品があったりします。ここでも修復した物に天然漆はほとんど使用されていません。
上海古玩市場
上海に広東路、河南中路にあります。
地図のURL
http://bendi.iask.com/b_0021_201727.html
上海静安古玩市場(ここは行った事はありません)
http://www.shguwan.com/index1.htm
一般的に友誼商店にもありますが天然漆かどうか?
日本の会社が上海の工場で椀物や工芸品を作っているそうですが所在地は分かりません。
中国では塗料店で漆のことを知っている人はほとんどいません。中国語で漆は大漆(生漆)、天然漆といいます。ペンキ類は油漆ですが漆と書いて見せるとペンキのことになります。
(またネットカフェでみてみよう)
以前は上海にいらしたんですね。('o')
中国の工場で漆工芸品を作って日本の産地が仕入れているっていうことはよく聞きます。(…う、これもタブーの一つですね)
日本は、材料の漆も工芸品も中国にす〜ごく頼っている印象があります。(漆にかぎらず、食材とかも)
そちらでは「漆」が一般的にペンキを意味するんですね(^^:)
私が「油漆」という言葉を聞いたら、ウルシオールが多いとされる日本の“備中漆”がまず頭に浮かびます。
北京漆さんのお話を伺っていると、中国漆工芸の衰退ぶりが、良く分かります。「漆」と言う字がペンキという意味に取られてしまうあたりなど・・・。
日本でも漆に携わる人が徐々に減っている現在、決して他人事ではありませんね。
上海にある日本の漆塗り工場。恐らく福井県鯖江の越前塗りの工場だと思います。
こちらでは、天然漆とウレタン吹き付けの両方を生産しているようです。
また何か情報が入れば、紹介させて頂きたいと思います。