「高価な日本産漆でも、中国産漆より品質の劣るものがある」前回、ちょっとショックを受けるような内容のお話を書きました。
なぜ、日本産漆といえども品質の大きな高低があるのか…。
でもそれを説明する前に、漆という素材がどんなふうに流通しているのか雰囲気だけでも知っていたほうが分かりやすいかもしれませんね。
なぜ、日本産漆といえども品質の大きな高低があるのか?
そのお話に入る前に、ちょっとその当たりの様子を少しお話しておきましょうか。^^
漆原料、漆塗料、漆樹液… 漆製品になるまえの「漆」は、まさに「水もの」といった形相を呈して、小さな漆工房のブログといえども公共の誌面で書くことためらわれる「暗部」がたくさんあります。漆の世界は、材料も技法もほんの少し前は極秘・秘伝だらけの世界で、そういった世界にいない人には容易にうかがい知る事のなかったものでした。
そしていまは情報がオープンになってきて、漆の世界に生きる人がかなり自由に物を語る時代になって、その中にも私たちがあるのですが…。
しかし、こういった話題はいまだタブーとされている部分があり、原材料の「漆液」に関しては、最たるものかもしれません。
ここで全てを語りきる、ということは決してありませんが、そういったところも、ふまえて読んで下さると幸いです。
日本産漆は、普通に入手すると中国産漆よりも価格が数倍〜10倍くらいします。(こうした漆塗料は、通常の業者さんや作家さんは『漆材料屋さん』や『漆精製業者さん』で購入します。画材屋さんの漆版みたいなところです。驚くほどきめ細やかなラインナップがありますが、最近はどこのお店も大変なようです)
これは、なぜかと言えばいろいろ要因があります。それらの要因は方向性が異なります。
・流通や物価差によるコストの違いこれはどなたでも想像できるように、日本と中国の人件費や
物価の違い等から生じる価格差でしょうか。日本に入る中国産漆の質が向上したのは、生産される中国産漆全般の品質じたいは変わらないそうですが、日本の漆業者さんによる現地買い付けや直接契約など、日本側の業者さんの企業努力が大きく関わっています。そしてそれを可能にした中国経済の自由化も背景にあります。
・日本産うるしと中国産うるしを分けて販売している通常「日本産漆」と「中国産漆」は「別のカテゴリ」として分けられて販売されています。
漆材料のカタログを一度ごらんになれば分かるように、「日本産漆」と「中国産漆」は別項目でリストされています。これは本来の仕入れ価格差もありますが、やはり漆材料屋さんの中でも「日本産は別格」という意識が強く働いているのだと思います。
前回述べたように、唯一の品質基準である分析による成分数値はふつうされることはありません。成分分析は特殊なもので、研究などでしかされないものです。しかし、現物の漆を見れば、いわゆる「目利き」でかなりの判断できます。そもそも、以前は分析などなかった訳で、人の鋭い官能が基準でした。(粘度、のび、色、匂い等。以前は買う側も「目利き」で漆をよく吟味して買っていた。昨今は「漆を見ることのできる」人がいなくなった)
そして、漆は農産物に近くて、年によって出来不出来は大きく左右されます。そういった中で、「漆をみる」「目利き」の方が入荷されたそれぞれの漆を見て判断し、「中国産」「日本産」のそれぞれの枠の中で整合性を取りながらランクをつけて加工・あるいは生うるしのままで商品化しているものと思います。(ブランドの茶葉やコーヒー豆の調合のようなものではないでしょうか)
いろいろと述べてきましたが、こうして見ると材料としての漆樹液も、いろんな意味でそろそろ転換期ではないかなあと感じてきます。
そして、次の要因がたいへん重要です。私たちの案ずるところでもあります。
・高品質の漆を採る価値が、日本で認められていないこれは、どういったことかというと「漆かき職人さんが、どんなに頑張って品質の良い漆を採っても、生活できない」という背景があるのです。
以前「日本産漆の流通はわずか1トン強、中国産漆の100分の1」ということを書きました。(平成16年農林水産省の特用林産資料より、昨年の数値はまだ公表されていないが、日本産中国産とも流通量はさらに低下していると思われる)
なぜ、日本産漆の生産量は1トンそこそこしかないのか?
これも一般に大きく誤解されているのですが
「日本産漆を買う人がいないから」なのです。決して「日本産漆は、引く手あまた」ではないのです。
このわずかな日本産漆も毎年売れずに残り、これで生活するどころか「もうワシの代で最後だから」と、おじいさんの漆かきさんが最後の誇りでやっているのにすぎない状況です。
後継者も育たず、産地も荒廃する一方なわけです… たった1トンの漆を、われわれ日本人がまったく必要としていないのですから。
なので、日本の業者さんや作家さんたちが日本産漆を使わないのは「生産量が少なくて手に入らない」という理由ではなく、もっと別のところにあります。(コスト面も大きいですが…それだけでもないのです)
したがって、こんなに仕事を認められていない(売れないとはそういうことです)漆かきですから「いい漆を採ろう」という意欲が薄れていくのはしかたありません…。そして、漆樹液産地でもあんまり縮小すると(例/漆かきさん数人の産地・うち漆を掻いている人1名、他は休業で農家など他の仕事をしている)同業者がいない状態なので、他の人よりもいい漆を採ろうという競争心は育ちにくい。とりあえずキズを付けて漆を採っているだけでも「よくやるなあ」という感じなのです。
こういった産地の衰退は悲しいほどで、浄法寺の小さな村でも漆かきさんが500人くらいいた時代があり、中でも腕のいい漆かきさんは「漆を3年掻けば家が建った」というのが信じられないほど。
でも、こういった状況は漆に限らずほかの日本独特の素材も同じようなものでしょう。
日本の魂が失われていくようで、なんとも言えないものがあります。
でも、そんな悲しい現状の日本の漆…
しかしがっかりしないでください。日本には
「わあ、すごい!」という素晴らしい漆と、そんな漆を採る人がまだいるのです。
そんな漆に出会えたからこそ、私たちが日本産漆だけで頑張って行こうという気持ちになっているのです。
それとからめて、なぜ、日本産漆といえども品質の大きな高低があるのかの説明をしていきたいと思います。
それにしても、こういった話題はとっても神経を使って消耗します。
また、限られた文章で見る方がどういった印象を持たれるのか気になります。意図や説明をただしく受け取ってくれていただいているといいのですが… でも、そろそろこういった部分にも光を当てていく時期だと思いますので、少しずつ続けていこうと思います。
(続く)